MOFONGO'S REGGAETON

プエルトリコのレゲトン

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ダディー・ヤンキー:Lo Que Paso Paso

今回、オーランド、プエルトリコ、マイアミ、そして中米のエルサルバドルと回って、全部の場所のクラブで、ラジオで、テレビで流れた曲が1曲だけあった。

ダディー・ヤンキーの”Lo Que Paso Paso/ロ・ケ・パソ・パソ”。昨年発売以来150万枚を売った”Barrio Fino”のセカンド・カットだったと思う。”ガソリーナ”の後を追ってしっかりヒットした。だがプロモも一段落した今のタイミングでも、相変わらず流れているのだ。

Barriofino

“バリオ・フィノでの話なんだ”って出だしで始まるこの曲。深夜の時間帯、クラブなのかダンスホールなのか、音楽が鳴り、セルラーが光る。思いがすれ違う2人。

不思議に息の詰まるような悲しみと突き放したような感覚。メロのパートとラップが絡まり、キャッチーなフレーズが耳に残る。プロモの後にもしっかりと人気を保ってる、いい曲。

◆◆◆


彼の曲がよく流れてたっていうのは、8月末からの全米ツアー中だったって事もあるかもしれない。

whosyourdaddy

全米ツアーのキック・オフはニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンだった。この”Who’s your Daddy? Tour”と題された公演、NYで大成功のスタートを切った後も、各地で大量の観客を動員たことがマスコミのレビューで報じられた。

◆◆◆


シカゴのオールステート・アリーナでの公演に対してシカゴの”Sun Times”紙はこんな調子だ。

DY1


「・・・ザイオン&レノックスの"Doncella"や"Bandida”などのノセノセのチューンやバラード”Perdoname”を含む45分のパフォーマンス、そしてテゴ・カルデロンが・・そのストレートなヒップ・ホップでレゲトン・ファンに休む間も与えなかった。

11時近くになってダディー・ヤンキーとクルーが登場、パーティーが始まった。アルバム”Barrio Fino”の1曲目、めちゃくちゃパーカッシブな”King Daddy”が爆発し、”El Cangri”(ダディーの事) は狂った様にリズムを掻き立てた。・・・殆どソールド・アウトだったコンサートの観衆はダディーの前にひれ伏した。・・・」

DY2


マイアミのアメリカン・エアライン・アリーナでの公演は

「・・・後でケーブルTVで放映される予定のこのコンサートだが、この当日、コンサートを見た大部分が若い世代の(在マイアミ)キューバンやプエルトリカンだったとしても、彼らは(後で番組を見るだろう)全てのラテンアメリカの聴衆を代表していたと言える。」なんて書かれていた。

アメリカ、そしてラテンアメリカで支持されている事がよく分かる。

彼自身も最近の色々なインタビューでもこの”レゲトン現象”のベースとして自分の「プエルトリコ」のリアルさにこだわりを持ち、それを「ラティーノが共有するメッセージ」へと昇華させる事を語っている。でもインターナショナルなマーケットをしっかりプッシュしながら、根っこがプエルトリコ。

◆◆◆


そういえば”Lo Que Paso Paso”のプロモ・ビデオの場面は、というとプエルトリコのサン・セバスティアン通りで撮影されている。

loque
PV: "Lo Que Paso Paso"

vsj11


”Rumba”や”Cafe San Sebastian”などの夜遊びで踊れるスポットのある一角。この曲に出てくる場面がリアルに浮かぶ。フイルムにはプエルトリコの地元の音楽のパーカッション、パンデレータも登場して色々ローカル。

Dy08

左のタンバリンのようなパーカッションが
プレーナに使うパンデレータ

そんなプエルトリコの感覚やそのリアルな現実からから生まれた音のレゲトン、どんな風になって行くんだろうか。

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  1. 2005/10/16(日) 23:41:08|
  2. Daddy Yankee
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ダディー・ヤンキー/THE SOURCE (2)

THE SOURCE誌のダディー・ヤンキーのインタビュー。HIP POP LOVERSに分かり易いインタビューになっている。
DaddySource.jpg

その中で彼はラキム、NWA、クール・G・ラップなど自分の通ってきたヒップ・ホップやボブ・マーリーからブジュなどのレゲエにレスペクトを表しつつ、それらと関わって来た現場であるプエルトリコラテン・カルチャーがベースである事を語っている。

ちょっとびっくりしたのは、彼の本名はレイモンド・アジャラなのだけど、インタビューでこのファミリー・ネームがロイサのボンバを継承するあのアジャラ一家とつながっているって話してること。
HnosAyala.jpg
Hermanos Ayala
Bomba De Loiza"(2001)

父親のラモン・アジャラはアフロ系で"エル・ネグロ"のニックネームを持つボンゴセーロ(ボンゴ奏者)。この父親がロイサにつながっているのだ。一方母親はスペイン/白人系。そして「(俺は)この黒人系/白人系という2つの世界からのベストをもってるって訳だ」なーんて語ってる。

THE SOURCEがNYベースのヒップ・ホップ雑誌だなぁ、と思うのは記事の最初に「レゲトンというヒップホップ、レゲエ、カリビアン・フロウのミックスした都市の音楽が生まれたのはプエルトリコ」だと迷い無く断言しているところ。

地元のラジオやクラブ・シーンの状況が普通に入ってくる為だけじゃなくて、NYの最大のラテン人口・プエルトリカンの「厚み」やNYとPRの関係が肌で分かっているのからだろう。
mapny.jpg

日本のヒップ・ホップ雑誌の紹介ではそうなかなか潔くはならない。プエルトリコを前に出しつつ、パナマのスパニッシュ・ラップ/レゲエやダンスホール、はてはクンビアまで「目配り」してるものまであったりして、おずおずと言う感じ。

ダディー・ヤンキーも、レゲトンはプエルトリコのストリートから生まれたものだと言っている訳だが、彼自身もVilla Kennedyのハウジング・プロジェクト/カセリオ出身のストリート・ボーイだ。

記憶が正しければビジャ・ケネディーはサンファンの西、リオ・オンドやレビタウン近くのバリオ。お上品な所じゃない。

インタビューでも彼のカセリオと隣のグループとの争いでAK-47からの弾丸を大腿部に打ち込まれた過去を披露している。得意の足を引きずるような歩き方のスタイルは、こんな過去から来ているそうだ。
DaddySource2.jpg
彼は「ヒップ・ホップがストリートや”Hoods/Barrios”で生きること、学ぶことを表しているように、レゲトンもそうなんだ。」と言っているが、レゲトンは単にリズムでも単に魅力的なおね-ちゃんのPVでもない。

リズムを生んだヒップ・ホップ、レゲエ、そしてサルサやボンバやプレーナなどのプエルトリコの音楽、地元プエルトリコのキュートでセクシーなおねーちゃんのPVやタルイおにーちゃんの欲望、時には弾丸も飛ぶ暗闇とドミノに興じる夕方が同居するプエルトリコの庶民の生活、そんな全ての匂いを取り込んだ音なんだと思う。



  1. 2005/07/10(日) 23:51:17|
  2. Daddy Yankee
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ダディー・ヤンキー/THE SOURCE 7月号

今月のヒップホップ誌"THE SOURCE"の表紙はダディー・ヤンキー。
いよいよヒップホップ側の認知度もキテるかなぁと。
SourceJul1a.jpg


この表紙のバージョンはプエルトリコに流れているもの。ところが今日、渋谷のヒップホップ・12インチショップをぶらぶらしたら、同じ7月号でもトップの写真はスヌープになってるんだよね。

聞いて見ると仕入れはウエッサイ/LAからとの事で、きっと出版社の方がしっかり地域マーケしてるんだね。NYC/MIAあたりならダディー・ヤンキーで行くのかな?

さて、記事はインタビューなんだけど、なかなか面白いとこがあり。また別にかいつまんでみます。でもひとつだけ。

ヒップホップ側のインタビュアーならでは、と思ったのは、プエルトリコでレゲトンとヒップ・ホップの間の暴力を伴ったバトルがあるか?って質問。

インタビュアー自身に2PACとビギー/イーストとウエストのバトルのトラウマがあるかどうかは分からないが、少なくともヒップホップ・ラバーの読者に、そういう切り口の質問が受け入れられるという認識が背景にあるよね。

そしてもちろん、ダディーの答えは"NO"って訳です。
  1. 2005/07/02(土) 23:22:55|
  2. Daddy Yankee
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ダディー・ヤンキーの異種格闘技

やはり人気者は忙しい。
色々とラテンの異種格闘技に走るダディー・ヤンキー。

一つは、メキシコの歌物の大御所ホセ・ホセの新譜に参加。
ラテンの好きな人(濃い)でないとこの大物とのコラボはピンとこないでしょうが、メキシコを代表する、と言っても過言でないこの道40年のベテラン歌い手。

JoseJoseElPrincipeConTrio.jpg
Jose Jose
"El Principe Con Trio"
(2003)

"プリンシペ・デ・ラ・カンシオン"(Prince of Song/歌の王子様って感じ?)なんて愛称でファンから愛されている。ラテンの人気アーティストたちから色々なトリビュート・アルバムが捧げられてきてるような人。カフェ・タクーバとかメキシコのロック/ポップスターたちからのトリビュート・アルバムもありました。

UnTributoAJoseJose1.jpg
"Un Tributo a Jose Jose"

「ほら、なんだその、新しいおもちゃもらった子供みたいなもんでさ、ダディー・ヤンキーみたいなその道の大物とレゲトンをやっるて経験はさ・・」楽しそうなホセ・ホセ。

「今まで彼の事知らなかったけど、ムーブメントを作っている本人だって知ったんだ。世界中でみんな"ガソリーナ"で踊ってるだろ。自分もあるイベントで初めて"ガソリーナ"でレゲトンを踊ったんだ。それが始まりだった。

ダディー・ヤンキーには感謝してる。いろんなところでセンセーションを起こしてるこの新しい動きに加えてもらえる機会を与えてくれて。このムーブメントを作ってるレゲトン・アーティストたちに感謝だよ。

我々はちょっとマネさせてもらうって訳だからね。」謙虚です。さすが余裕の大物。

「だって、それを作り上げて育てて、ムーブメントを作って、ダンス、歌い方から考え方まで今までと違ったやり方でやるっていうのはすごいことだよ。

自分は100年以上も続いてるジャンルで自分の世代の若い人からシニアまでロマンチックな歌を歌ってきた訳だけど、ダディーは新しいスタイルを作っているクリエーターだ。クリエーターは誰もがなれる訳じゃないんだ。」

ホセ・ホセがこれだけダディー・ヤンキーをもちあげるのもなかなか。レゲトンの勢いの強さを表してますね。 D-Yの"Barrio Fino"には"Tu Principe"というヒット曲がありますが、"Mi Principe"なんてやっちゃうかもね。

◆◆◆


一方8月27日のNY/マジソン・スクエア・ガーデンはコロンビア、バジェナートのスター、カルロス・ビベスとの共演。
カルロス・ビベス、好きなんですよ。

CarlosVivesLaTierraDelOlvido.jpg
Carlos Vives
"La Tierra Del Olvido"
(1996)

94年だったかのヒット"La Gota Fria"にははまりました。バジェナートというコロンビア・ローカルな音を見事に今の音、今の歌として提示してくれたアルバム"La Tierra del Olvido"は衝撃的でした。ロック世代であるビベスがロックを全面に持ってきた最新の"El Rock de Mi Pueblo"もお勧め。

CarlosVivesEnRockdeMiPueblo.jpg
Carlos Vives
El Rock de Mi Pueblo"
(2004)

ダディーの最近の公演は、米本土ではオーランド、NY、NJ,タンパ、スフリングフィールド、マサチューセッツ、テキサス、LAXと大忙しで海外もホンジュラス、ニカラグア、エクアドル、ペルー、パナマ、ベネズエラ、そしてコロンビアという感じでどこも超満員。

ネットのニュースによればコロンビアでの公演も大成功だったとか。レゲトンとクンビアとの愛称はばっちりだし、バジェナートも悪くないと思う。

テゴはこういう「クロスオーバー」にはあまり興味が無い、って感じだけどダディー・ヤンキーはガンガン行きますね。
本当はテゴにもやってもらいたい組あわせがあるのだけれど。


  1. 2005/06/23(木) 01:59:22|
  2. Daddy Yankee
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Sequroski / ダディー・ヤンキー

ダディー・ヤンキーを初めて聴いたのは多分プラジェーロのCDだったと思う。95年か96年頃。でもハマったのは2003年の"Los Homerun-es"の1曲め"Seguroski"だ。

LosHomerunes.jpg
"Los Homerun-es" (2003)

このロシア人の名前のような曲名のチューン、単語の後ろに何でも"-ski"を付けて遊んじゃってるだけなんだけど、○○skiと聞いて、まず頭に浮かんだのはダディー・ヤンキーもファンであるサルサのソネーロ、故マルビン・サンティアゴ。マルビンはこういう言葉遊びが得意技で、自分のことをマルビン・"マルベロスキー"・サンティアゴなんて言ってた。

地名にひっかけてなにやら危険なフレーズ連発なんて得意技も得意だった。

Bayamon-tate
Barranquita-te
Vega Baja-te

「バヤモン」「バランキータ」「ベガ・バハ」という地名があるのだけれど、いやー、あぶない、あぶない。(スペイン語)


さてDYの方はといえばこのSeguroski、"o"の音が後ろに来る単語に皆-skiをつけてなんとなく堅い語感のライムに整え、半音上がりのスケールで不安感を盛り上げるサウンドの中、疾走感の強いフロウで突っ走しる。
Segurosuki、cabroski・・・・meloski・・・culoski。彼女たちは甘いのをつかんで、お尻を動かして。・・・という、とてもティピカルに下品なリリック。

このCDはサンファンの空港で買ったのだけど、店のねーちゃんが「このダディー・ヤンキーの曲、はやってるわよ。」と言うので「何の歌?」って聞いたら笑って答えてくれなかった。そりゃ聞くほうがバカだ。

後半はhoney, shorty, hobby, mami, lobby, buddyと英語で重ね、途中に"Ricky Robi"とリッキー・マーチンとロビ・ロサを織り込むプエルトリコならではのライム。かっこいい!

この部分も意味はエッチなだけなんだけど、勢いの出るライムに前ノリのフローがばっちりハマる。この疾走感もマルビンの鉄火場感覚と共通するところがある。そしてEazy-Eの危なさとも重なる。

2003年のロベルト・クレメンテ・スタジアムでのライブ"Ahora Le Toca al Cangri! Live "もこの曲でスタートして、ガンガンぶっ飛ばしてる。2曲目の"Latigazo"もいいんだ、これが。

"Barrio Fino"のヒットにVIレコードが、多分PA コンソール録りの音源を急遽CDに仕立てたような感じで、音も編集もそれなりの作品だけど、DYのぶっとび感はよく伝わってくるんで楽しい。

このCDの後半にサルサな曲があるんだけど、その曲の頭でDYは"O-fi-cial"というフレーズを放っているのだ。これはマルビン・サンティアゴの得意技フレーズ。

AhoraLeTocaAlCangri.jpg
"Ahora Le Toca al Cangri! Live " (2005)

DYのレゲトンとサルサの音のスタイルは直結しているとは言えないが、スピリットじゃダイレクトに響き合っている事が分かる。レゲトンのどこがプエルトリコから来ているのか?を感じるのも楽しみの一つなのだ。
  1. 2005/06/15(水) 01:28:42|
  2. Daddy Yankee
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