MOFONGO'S REGGAETON

プエルトリコのレゲトン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

レゲトンになる前のラップ&レゲエ(-2)

90年台前半、島に移住した頃の週末の暇つぶしは:

①ダイビング
②無料&有料コンサート/ダンス・スポット
③CD屋

と言う感じだった。

日本で素人サルサバンド組んだ頃、最初に買ったのが新譜で出ていたウイリー・コロンの"METIENDO MANO"。そこで「プエルトリコ」というものがあるらしい、と知ってぼちぼちとサルサの音盤を買い足していった。
MetiendoMano.jpg
"Metiendo Mano"(1977)
Willie Colon

そんな時から、ずいぶん経ってプエルトリコに住むことになった自分はもう奇跡みたいなもんで、LP、CDでしかお目にかかれないサルサを、メレンゲを、プレーナをボンバをヒバロをと追っかけ回していた。

それと同時に、ブラックな音楽やジャズもやっていた身としては、その楽しみも簡単に手放すわけには行かなかった。NYの一部とも揶揄されるプエルトリコ、音の入手は楽だった。もうネットはあったが、まだAmazonなど影も形もない頃だからありがたかった。


その中で音楽系雑食性分裂症を助けてくれたのは、まずCD屋の兄ちゃんねえちゃんや親父との話。

サルサにやたら強いGarden HillsのCD店、Gran Discotecaのペピート、ポップスならお任せのチャヤン命のMontehiedra/Casa de Los Tapesのガブリエラ、ヒバロとムシカ・デ・アジェール(ナツメロ)ならサンタロサ・モールのハビエル親父、ラテン・ジャズならAvenida Central/CLTのジョージ、ロックならTorimar/CLTのミゲ、ガルデルやティト・ロドリゲスやサルサ全般の話ならビエラ親父と常連たちだった。

そんな師匠/友人に地元CDの棚を端から端まで教えてもらっていた時に、プエルトリコのラップに出会った。

◆◆◆


USヒップ・ホップを初めて聞いたのは、ハービー。ハンコックの"Future Shock"のスクラッチつながりだったと思うが、まとまって聴き始めたのはアフリカの某国から日本に帰ってきた90年ころだったと思う。

きっかけは学生時代の友人が日本のヒップ・ホップのはしり、近田春夫のビブラストーンのメンバーだったからだ。



FutureShock.jpg
Vibrastone.jpg
"Future Shock"(1983)
Herbie Hancock
"Best 1991-1994"
Vibrastone


で、ラップも面白いぞ、と聴き始めた。ゴールデン・エイジの後半から西海岸のギャングスタ全盛へって頃だった。NWAからアイスキューブが、Eazy-Eが、そしてドレーが飛び出した頃だ。

ブーツィー・コリンズやジョージ・クリントンの好きだった自分には、G-Funkもかなりつかまったなあ。



StraightOuttaCompton.jpg

WhatsBootyDoin.jpg
"Straight Outta Conpton"
N.W.A.

"What's Booty Doin?"(1988)
Bootsy Collins


一方でEPMDの"business"シリーズの不安定さが、ビッグ・ダディー・ケインの成金的むふふが、エリックBとラキムのJBのサンプリングが皆かっこよかった。NASのNYでしかないクールなカッコよさにやられたりもした。90年代はヒップ・ホップの名盤の嵐だ。



DontSweatthetechnique.jpg

Illmatic.jpg

"Don't Sweat the technique"(1992)
Eric-B & Rakim

"Illmatic"(1994)
NAS

◆◆◆


さて、プエルトリコである。

その頃、CD店は皆地元のラップをまともな商品として見ていなかった。訳のわからん子供がやってるうるさい音楽で、ミックス・テープやプレス枚数少ないCDをライブとかで流通させているだけだし、普通のディストリビューションには殆ど乗ってこないからだ。

下町バリオ・オブレロから昔のダウンタウン、パラーダ18あたりまで車で夜移動すると、メレンゲとラップを車のオーディオ・システムから大音響で鳴らしている兄ちゃんたちがたむろしているのによく出くわした。

その音がなんなのか知りたくて、聞いてみたかった。しかし、車を停めて兄ちゃんたちと話す、なんて事はちょっと考えられなかった。なぜなら94年のプエルトリコは史上最悪の殺人発生率を記録していたからだ。ドラッグ・ディールである。

(続く)  
スポンサーサイト
  1. 2005/06/14(火) 00:30:22|
  2. RAP & REGGAE
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<Sequroski / ダディー・ヤンキー | ホーム | レゲトン>>

コメント

こんにちは。プエルトリコで音楽聴きまくってたとかお友だちがビブラにいたとか、すごいですね憧れます。レゲトンに興味シンシンなので更新楽しみしてます。あと、それキングじゃなくてビッグ・ダディ・ケインです。カッコよかったですねあの人も。
  1. 2005/06/14(火) 23:53:52 |
  2. URL |
  3. rounge #-
  4. [ 編集]

ビブラの管でした。いいバンドでした。
>ビッグ・ダディ・ケイン
でした。ありがとうございます。ちょっとゆるくて、それでクールなのがかっこよかったです。
  1. 2005/06/15(水) 00:44:03 |
  2. URL |
  3. Mofongo #K65aGYJs
  4. [ 編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mofongo.blog13.fc2.com/tb.php/2-73abfdd1

MOFONGO

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。