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プエルトリコのレゲトン

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レゲトンになる前のラップ&レゲエ(-1)

ドラッグ・ディールの問題は90年代に始まった事ではない、のは誰でも知っている。

70年代後半から80年代はヒッピー文化やベトナム戦争の後で、ヘロイン、コカインなどドラッグの大衆化の時代。

それに乗る形で80年代初頭からコカインの生産拡大、ロジスティック経路の多様化、そしてディストリビューション/販売網の強化という普通の商品と同様、売上と利益拡大に努力する企業集団がいた。

丁度、ハーバード卒のMBAが皆コンサルティング・ファームに流れ、コンサルがはやり始めていた頃。経営工学の理論がドラッグ産業の近代化に貢献していたのは間違いない。

というのは全くのでまかせである。むしろMBA君達も消費者として貢献していた可能性はあるかも。

パブロ・エスコバルが仕切るコロンビアのメデジン・カルテル、そして対抗馬として力を伸ばしたミゲール&ヒルベルト・ロドリゲス・オレフェラ兄弟のカリ・カルテルなどと呼ばれた組織が力を伸ばしていた。

pabloEsco.jpg
Pablo Escobar

生産から販路までの整備だけでなく、新製品の拡販も消費者の拡大に大きく貢献した。「クラック」である。

コカインを重曹と煮沸し純化して作るクラックは分量に比して効果が強いので、少量パッケージにし易く、流通も容易で利ざやも良いと来ている。アメリカ政府のコロンビアへの様々な圧力にもかかわらず、80年代は麻薬問題が急速に悪化した時代だ。

そんな中で、80年代後半ギャングスタ・ラップが登場する。確かにEazy-Eが元々ドラッグ・ディーラーだったらしい事はファンなら知っているし、ノトーリアスB.I.Gがクラック・ディーラー嫌疑もあって高校中退したのも80年代終わりころではあった。

しかし、もちろん実はギャングスタでもなんでもない家庭の出のギャングスタ・ラッパーもけっこういたわけで、ギャングスタのスタイルと実際のギャングを同一視するのはバカな話だが、そんなムードの漂う時代ではあった。

Eazy-E.jpg
Eazy-E

◆◆◆

話が長いゾ。
プエルトリコである。
ちょっと90年代の殺人発生率の推移を見てみよう。

90年代に入って、殺人発生率がどんどん上がった。94年がピークである。
このときのプエルトリコは島をアメリカの州の一つと見立てればランキングは全米第4位。そして首都サンファンはトップのありがたくない栄誉に輝いている。

しかし、プエルトリコがめったやたら銃撃戦の嵐になったのではない。ある程度殺人事件の発生場所や時間帯は集中していた。
英語で言えばゲットーとなるだろうか、低所得者用ハウジング・プロジェクト(団地)やその近辺の場所、盛り場の一部、時間帯は夜、という事になる。

◆◆◆


ある日の夜、空港に人を送って26号線を車で帰る途中、ジョレンス・トレス・ハウジング・プロジェクトが右手に見えてきた時だった。

(続く)


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  1. 2005/06/21(火) 00:04:29|
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